大阪地方裁判所 昭和38年(モ)154号 決定
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〔事実と判断〕本件は、大阪地裁昭和二五年(ワ)第二一一三号の三土地所有権確認請求事件について昭和三八年一月一七日弁論終結がなされたところ、その原告より担当裁判官三名全員に対し忌避の申立がなされたものであり、
これに対し裁判所は、右各忌避の申立はいずれも忌避権の濫用であり、かつかかる場合は民訴四〇条の適用が排除され当該裁判官も忌避の裁判に関与し得るとして、当該裁判官三名で構成する合議体をもつて右各忌避の申立を却下する旨の決定をした。判示次のとおりである。
「一、本件忌避の申立は忌避権の濫用である。
(一) 申立人の主張する忌避の原因は、忌避の事情にあたらないことが極めて明らかである。
民訴三七条一項にいう裁判の公正を妨ぐべき事情にあるときは、不公平な裁判の行われるおそれを当事者に起させるに足る客観的合理的事由のある場合をいい、当事者が主観的に裁判官の公平を疑い、あるいは公平でないと判断しただけでは足らない。そして、裁判所または裁判官のなした訴訟手続上の措置の適否のごときは、本来終局判決に対する上訴により救済されるべき問題であつて(民訴三六二条参照)、これに顕著な訴訟法規違背または著しい裁量の逸脱があり、その結果不公平な裁判の行われるおそれを当事者に起させるに足る客観的合理的事由がある場合を除き、これをもつて忌避の原因とすることはできない。ところが、申立人は、以下判示するとおり単に当裁判所の訴訟手続上の措置を非難するだけで、右のような客観的合理的事由の存在を明らかにしないから、本件申立の原因が忌避の事由たりえないことは明白である。
(1) 申立人は、まず、当裁判所のとつた弁論終結の措置を非難する。
しかし、裁判所は、そのときそのときの訴訟資料に応じ、時機に遅れた攻撃防禦方法の却下に関する民訴一三九条の規定の趣旨をも斟酌して、訴訟が終局裁判に熟するものと判断したときには、ただちに口頭弁論を終結して終局裁判をしなければならない。口頭弁論終結の措置が、なお弁論の続行を要するとの申立人の見解に反したとしても、それだけでは各裁判官に裁判の公正を妨げる事情があるとはいえない。
(イ) 申立人は、準備のため続行を求めたのに、これについてなんらの決定をせず、最終弁論も聴かなかつたというのであるが、いわゆる期日の続行の申立は、期日指定の申立でもなく、単に職権の発動をうながすものにすぎないから、これについて裁判しなければならない性質のものではない。したがつてその裁判をしなかつた点を非難する申立人の主張はあたらない。また、申立人は当裁判所が最終弁論を聴かなかつたと主張するが、当裁判所が申立人の弁論を制限したり、弁論の途中で弁論終結を宣したりしたのでないことは記録上明白である。申立人は、最終弁論のための新期日を指定しなかつたことを非難するものと解せられるが、これは法の要求するところでなく、そのような訴訟慣行も存在しないのであるから、そのための新期日を指定しなかつたことは当然の措置である。
もとより弁論の機会を不当に制限して口頭弁論を終結してはならない。しかし、申立人はすでにわが国の裁判史上類例のないくらい十分に弁論の機会を与えられている。昭和二五年七月二一日の訴提起以来昭和三八年一月一七日の弁論終結の日まで一二年余を経過し、その間四十数回の準備手続、口頭弁論の各期日が開かれ、申立人はこれらの期日にいつでも十分に準備をして弁論をすることができたのに、期日の大部分はただいたずらに空費されてきたのである。申立人は、昭和三五年六月二四日午前一一時の口頭弁論期日において本訴の口頭弁論が終結された直後にも、当時当第三民事部を構成していた裁判官平峯隆、同中村三郎、同上谷清に対し、弁論終結の措置が暗打的であるとして、忌避の申立をしたのであるが(当庁昭和三五年(モ)第二二六五号)、当時の訴訟状態のもとに口頭弁論を終結しても申立人の弁論を不当に制限する抜打的な措置といえないものであつたことは、右忌避申立に対する却下決定に判示されているとおりである。その後右忌避申立による本案手続停止中の裁判官の交代にともない口頭弁論が再開され、再び当事者双方に対して弁論の機会が与えなれたのであるが、双方から新たな主張立証のないまま三回の口頭弁論期日を徒過し(申立人は全部不出頭)、昭和三八年一月一七日午後一時の口頭弁論期日を迎えた。右期日において、申立人は、請求の趣旨のみを変更し買収手続の無効事由は追つて具体的事案につき主張を補正あるいは追加する旨を記載した同日付準備書面を提出して陳述し、被告は新たな請求の趣旨につき訴却下の判決を求め、新たな主張として「本件買収事由は乙第三号証、乙第五号証記載のとおりである。」と主張したのであるが、右乙号各証は前回の弁論終結前に提出されていたものであるから、被告の右主張は当然予測できるものであり、いわゆる不意打の主張ではない。また、買収手続が無効であるとの原告の主張は、訴提起当時からのものであり、昭和三五年五月一三日午後一時の口頭弁論期日において裁判長から具体的主張を命ぜられた事項でもある(もつとも右求釈明は前回の弁論終結の際に取り消された)。したがつて、右期日に訴訟準備のため続行を必要とするような新たな事情が生じたとは認められない。
以上の事実は記録上明白なところであり、右昭和三八年一月一七日の期日における口頭弁論終結の措置が申立人の弁論を不当に制限するものでないことは明らかである。裁判所は審理の公平を期するため、十分な弁論の機会を与えてきたのに、申立人はその準備もせず、与えられた機会をみずから放棄して期日の続行のみを求めてきたのであつて、このために事件の迅速な処理が妨げられてきたことはいうまでもない。申立人は買収手続の無効原因についての主張準備を理由にさらに期日の続行を求めるのであるが、迅速な裁判を期待する相手方当事者との権衡ならびに国家の設営する司法機関として係属する多数の訴訟事件を迅速で訴訟経済の目的に合した進行をはかるべき当裁判所の責務を考慮すると、これ以上申立人の右のような続行申立を容れ、期日をくり返すことはかえつて不当のそしりを免れないこととなる。ただいたずらに期日の続行のみを求め、口頭弁論が結結されたからといつて弁論の機会を与えなかつたとする申立人の非難が当をえないことは、民訴一三九条、二五五条の規定が設けられていることからも明らかである。
(ロ) 次に申立人は更新後の証拠調をしなかつた点を指摘するが、当事者双方の申し出た証拠はすべてその取調を終つていた(被告申出の証拠のうち取調未了のものは昭和三八年一月一七日午後一時の口頭弁論期日において被告が弁論終結を求める前に撤回した)ことは記録上明白である。したがつて新たな証拠調をしなかつたのは当然であり、申立人の右主張はなんらかの誤解か、あるいは弁論の更新の手続に関する申立人の独自の見解にもとづくものと思われる。
(ハ) さらに申立人は、当裁判所が適法な更新をせず、申立人の新たな請求の趣旨自体のみで訴を却下あるいは請求を棄却するとの合議を懐中して法廷に臨んだと主張する。しかし、裁判官平田浩と従前の当裁判所構成員であつた裁判官中村三郎との交代にともない、交代後の最初の口頭弁論期日である昭和三八年一月一七日午後一時の口頭弁論期日の冒頭に、当事者双方において従前の口頭弁論の結果を陳述したことは記録上明らかである。この結果、従前の口頭弁論において提出された訴訟資料・証拠資料も裁判の資料としなければならなくなるのであるから、当裁判所が申立人らのあらたな請求の趣旨のみで訴を却下し、あるいは請求を棄却する旨の合議をして法廷にのぞんだとの申立人の主張はあきらかに失当である。また、右新たな請求の趣旨を記載した前記昭和三八年一月一七日付準備書面は、前示のとおり同日午後一時の口頭弁論期日が開かれたのちに提出されたものであるから、その開廷前に右準備書面記載の趣旨につき訴却下あるいは請求棄却の合議をしたうえで法廷にのぞむというのは論理上不可能なことであり、この点からも申立人の右主張は失当といえる。
のみならず、裁判所は、弁論が終結すべき段階に近づいたと判断したときには、次の口頭弁論期日を開く前に、あらかじめ事件につきどのような裁判をなすべきかの一応の合議をしたうえで期日を開き、当該期日に行われた弁論の結果をさらに斟酌して、改めて合議のうえ弁論を終結しても差し支えない。訴訟の迅速な処理のためにはむしろ望ましいことといえよう。開廷前に右のような合議をしたうえで法廷にのぞんでも、これをもつて公正を妨げる事情とすることができないことはもちろんである。(なお、当裁判所が昭和三八年一月一七日の口頭弁論期日において、同期日に行われた口頭弁論の結果をも斟酌して改めて合議のうえ弁論を終結したことは、記録上明白である。)また、弁論終結の際に、各裁判官が申立人の変更後の請求について、訴却下あるいは請求棄却の裁判をするとの合議をして弁論を終結したとしても、公正を妨げる事情があるとはいえない。
裁判所は合議の結果裁判に熟したと判断したからこそ弁論を終結するのであり、どのような裁判をするかの合議に達しているのは当然である。その裁判が申立人に不利益なものであつても、これを不公平な裁判ということはできない。
なお、申立人は、右準備書面に請求趣旨更正事由として記載した事実につき被告の答弁をうながさず、また被告の立証が十分でないのに弁論を終結したと非難する。しかし、事実は、裁判長が右期日において前記準備書面にもとづく原告の主張全部について被告に答弁をうながしたのに対し、被告は変更後の請求の趣旨についてのみ請求棄却の判決を求める旨の答弁をし、請求趣旨更正事由として記載された部分については答弁をしなかつた。そこで裁判長は被告に対し、他に主張立証がないかどうかを重ねて尋ねたいところ、被告は、かえつて従前申し出ていた証拠のうち取調未了のものの証拠申立を撤回したうえ、弁論の終結を求めたのである。この事実は記録上からも容易に認めることができる。このような場合に、裁判所が被告にはもはや新たな攻撃防禦方法を提出する意思がないものと認めて、その後の訴訟の進行をはかり、弁論の終結をしたとしても、なんら不当ではない。また、右のような事情から、新たな請求の趣旨のみで訴却下あるいは請求棄却の合議をして弁論を終結したと結論するのは論理に飛躍がある。まして、右事情をもつて、各裁判官に裁判の公正を妨げる事情があるとすることはできない。
(2) 申立人はさらに裁判長の訴訟指揮に対する異議の申立をしたのにその裁判をしなかつたと主張する。
しかし、民訴一二九条の異議の申立は、口頭弁論の進行過程において、裁判長の弁論の指揮(弁論終結の裁判の告知は訴訟指揮ではない)、裁判長または陪席裁判官の発問等につき、合議体としての意思決定を求める申立であるから、口頭弁論の進行中に申し立てることを要し、弁論終結後には同法条による異議の申立はできないと解すべきである。他に裁判長の訴訟指揮に対し当事者に異議の申立権を与えた規定はない。申立人の異議申立は、法律上の申立権にもとづかないものであるから、これについて裁判しなければならない性質のものではない。いわんや、右裁判をしなかつたことが公正を妨げる事情となるものではない。
(二) 当第三民事部には、申立代理人が原告訴訟代理人となつている農地関係訴訟事件が多数係属し、裁判されてきたが、これらの事件につき申立代理人の関与により忌避申立のあつた事件は、昭和三七年中だけでも二四件の多数に及んでいる。このように申立代理人の関与する農地関係訴訟事件においては、弁論を終結すると必ずといつてよいほど、申立代理人より合議体を構成した裁判官全員、ときには裁判長のみについて忌避の申立がなされた(弁論を終結しない間はなされたことがない)。しかもこのような忌避申立は、どの裁判官が担当しても行われ、申立の原因も本件とほとんどかわらない。そして、いずれも不適法あるいは理由なしとして却下あるいは棄却されてきた。この却下ないし棄却決定に対しても大部分は即時抗告が提起され、却下あるいは棄却されてきたのである。とりわけ、本訴の場合は、昭和三五年六月二四日午前一一時の口頭弁論期日においても弁論終結の直後に申立代理人より当時の担当裁判官全員に対して忌避の申立がなされ、却下の裁判があつたことはさきにも述べたとおりである。担当裁判官が異なるとはいえ、申立の原因はいずれも事件との関係で特定の裁判官に固有の忌避原因があるとするものではなく、要するに弁論終結の措置を非難するものである点においてその軌を一にしており、本件忌避の申立はその実質において同一事項につきなされた二度目の申立と選ぶところはない。申立人のこのような忌避申立により訴訟手続が停止され、そのために当該事件はもとより、他の一般事件に及ぼした訴訟遅延ははかり知れないものがある。
これらの事実は一件記録により明白であり、また裁判所に顕著である。
(三) 以上の事実を総合して考察すると、本件忌避の申立は訴訟遅延を目的とするものであつて、明らかに忌避権の濫用であると認めざるをえない。
二、およそ権利の行使は信義に従い誠実に行わなければならない。このことは実体上の権利についてのみならず、訴訟上の権利についても同様である。従つて、訴訟上の権利もこれを濫用したときには、もはや正当な権利の行使としての保護が与えられない。忌避権濫用の場合についていえば、申立は不適法となり、申立を受けた裁判官が忌避の裁判に関与することを禁じた民訴四〇条の適用が排除され、忌避の裁判をする合議体の構成員として当該裁判官が関与することも妨げないと解するのが相当である。
忌避の申立は個々の裁判官に対してなされるものであるから、本件忌避の申立は当裁判所を構成する三人の裁判官各自に対してなされた三個の申立が併存しているとみるべきところ、右各申立が忌避権の濫用であることはさきに判断したとおりであるから、当裁判所は各申立につき各忌避された裁判官の関与のもとに裁判ができるというべきである。」